歩行町界隈 歴史が香る
緑豊かな山頂に浮かぶ白亜の天守閣を中心に四方に広がる城下町。松山市の象徴といえる松山城の東のふもとは、その昔、歩行衆が住んだ武家屋敷のあったところ。この地は、伊予の国松山の守りの要として、また、学問・文化の中心として明治維新まで重要な役割を担う地であった。



歩行町界隈 浪漫が香る
日本海海戦で日本の名を世界に知らしめた男、秋山真之。「あの人は確かに頭がよい、だから名参謀である。しかし頭がよくなければ、単なる奇人にすぎない。」と、評された明治の英雄秋山の生まれ育った町、それが歩行町。旧来の常識や習慣にとらわれることのない秋山の深謀遠慮の生き方はとうてい常人の理解のおよぶところでなかったのかもしれない。そんな真之にも、絶対的に頭の上がらぬ人物がいた。その人物こそは、真之の兄であり「日本陸軍の騎兵の父」と呼ばれ日露戦争で大活躍をし、のちに陸軍大将となった秋山好古である。名海軍参謀・秋山真之は、兄好古の指導錬磨なくしてはありえなかったとも言われている。高橋是清、小村寿太郎、正岡子規など明治を代表する一流人とも親交を結んだ秋山真之に単なる軍人ではなく、文武にひいでたスタイリッシュな人物としての一面をうかがい知ることができる。その秋山真之が、郷土青少年の錬成の場として松山同郷会を創ったのが明治28年、現在も財団法人常盤同郷会としてこの地、歩行町に引き継がれている。



歩行町界隈 文化が香る

松山の中心商店街、大街道から松山城の登山口まで、ゆるやかにつづく坂道が毘沙門阪である。今は、ロープウェイ街と呼んだほうが分かり易いかも知れないがこの一帯は、松山を代表する俳人正岡子規が、彼の多くの友人達とともに散策した場所であり「散策集」に納められた多くの俳句のうち24句をいっきに詠んだ地として知られている。



品性と美しさにこだわった正統派、ここは生活貴賓席

歴史に育まれた風格の街、歩行町。そのステイタスにふさわしい暮らしのステージとして計画された「シャルムコート大街道」。磨き上げられた 感性の息づく洗練された正統派の住まいとして羨望を持って迎えられることでしょう。歴史と文化の香り豊かな歩行町のイメージを大切に考えた造りは、上品で美しく、町の情緒と住まいのセンスが互いに共鳴しながら、素晴らしいハーモニーとなってドラマチックに融合します。ゆとりにあふれ、快適さにすぐれた暮らし心地は、住む人の個性を輝かせ、すべてを思うままにする生活貴賓席として、上質な人生を楽しむのにふさわしい貴重なステージととなります。


アクセス
●大街道電停
徒歩約3分
●愛媛銀行大街道支店
徒歩約3分
●大街道商店街
徒歩約3分
●NTT西日本松山病院
徒歩約3分
●一番町郵便局
徒歩約3分
●三越松山店
徒歩約4分
●愛媛県庁
徒歩約6分
●松山東警察署
徒歩約6分
●松山赤十字病院
徒歩約8分
●スーパーABC上一万店
徒歩約8分
●松山市役所
徒歩約10分
●東雲小・松山東中学校
徒歩約10分

周辺地図
シャルムコート大街道の周辺地図です。左の小さな地図をクリックすると、 別ウィンドウで大きな地図画像が表示されます。

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